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1型ひろば

1型ひろばは、1型糖尿病の患者さんと患者さんを支えるみなさんにどのような病気なのかを知って頂くための情報ページです。

1型糖尿病語り場本音リング

【1型糖尿病座談会】1型糖尿病と向き合う・2 「周りの人に自分の病気を知ってもらうこと」

私は小学校の時に、キャンプに帰ってきてからすぐ、自分が糖尿病である事をクラスのみんなに言いたいと思って、それを父に相談したら、父が原稿を作ってくれて、それをみんなの前で読みました。
みんなの前で自分の病気のことを話す事ができたのでふっきれました
また、学校のみんなが作文を書いてくれて、今まで寂しかったね、辛かったね、これからはみんなで乗り越えていこうと励ましてくれました。
私の事をわかってくれる人がいっぱいいる事に気づけたので、私は勇気を出して言ってよかったと思います。

私は近くの人には病気の事はフルオープンでした。
保健室で注射打ってきなさいって言われることが多いのですが、中学校になると、自分だけ特別扱いをされるのがすごく嫌でした。
初めに会った人とご飯に一緒に行くときは、「すません、ちょっと僕ご飯前に注射を打たないといけないんです。」「10万人に1、2人しか発症しない病気で、宝くじでも当たればよかったんですけど」と、1型糖尿病の事を、オープンに話をすることで、やりやすくなる事があります

転院した小児科の主治医からも注射してれば普通の人と同じだと主治医の先生からも言われていたので逆にオープンにしませんでした。3,40年前ですから、今と違うかもしれません。低血糖の対処さえできて、周囲に迷惑をかけないのであれば、別に言う必要もないと思っていました。
私が初めて病気の事を言ったのは、高校の部活で合宿に行くことになった時です。合宿に行くときに低血糖になる可能性があったので、部活のコーチと統括部長に言いました。結局合宿中に低血糖で倒れ、その時に同級生にも病気の事を話ました。
2年前に私が膵移植を受ける直前、久しぶりに、その同級生と食事をしました。
その1年後、メールで近況報告をした時に「1年前に会った後すぐに移植を受けた」と話したら、「膵移植を受けたってことは、インスリンを打たなくてよくなったんだね」って言われたので、彼女達は当時子供なりに病気の事を理解してくれていたみたいでうれしかったです。
私は、自分の生きる中でうまく生きていけるような場を作っていた感じです。病気を受け入れなければいけなかったのが、子供の頃だったので、注射を毎日しなきゃいけないよと言われても、自分がすごいかわいそうとも思わなかったし、むしろ毎日注射して偉いじゃないかと思っていました。
私は、糖尿病を自分で受け入れる、自分は自分なんだっていう風に受け止めると同時に、同じような人がいっぱいいると知ることが重要だと思います。それで個々にあったやり方で、うまく病気と向き合っていけるように周りがサポートしてあげればいいんじゃないかと思います。

私は今、糖尿病内科で働いていますが、最近自分の患者さんにインスリンポンプの導入をするにあたって、私も1型糖尿病で同じようにポンプで治療していますと患者さんに説明します。
糖尿病であるということを言うか、言わないかは、本人の考え方次第ですが、低血糖で倒れてしまう可能性があるのであれば、周囲に心配や迷惑をかける事もあるので、言った方が良いのではないかと思っています

私は中学2年の時に発症しましたので、皆さんに比べたら比較的遅い方ですが、発症した時に学校を休んで入院し、その時に友達がお見舞いに来てくれたので、身近な友達には病気の事を伝えることが出来ました

最近は患者さんに自分も1型糖尿病です、という話をすると、医者として話した事は覚えてくれないですけど、患者として私もこういう事をやっていますという話は、かなり印象に残るようです
上手くいっていない患者さんを上手くする切り札として最近使っていますね。
同じ病気で同じようにインスリンを打ちながら生きて行くという境遇にあるというのを知るだけでも、少し自分の中では変わるものがあるんじゃないかなといつも思っていますね。

僕は主治医から、病気であって病気じゃないし、病気じゃないけど病気だよって言われていたから、うちの両親もできるだけ普通の子と同じように育ててくれました。
中学の時は低血糖の時に飴をなめたりするのを、羨ましがる人にいじめられました。
高校生になるとお菓子をみんな持ってきて食べるので、すごく楽にはなりましたね。
就職の時は、健康診断の結果を提出しなければならないのですが、1型糖尿病と書いても、理解されず、入社後に医者の診断書がいると言われたことがありました。
それだけまだ1型糖尿病は認知が低いのが現実です

担任の先生が言わない方がよいって指導している時もあるらしく、最近参加したサマーキャンプで小学生2年生、3年生、5年生の3人に話を聞いたのですが、誰も病気の事を話ししていませんでした。

今の時代は、先人を余り知らないし、ほどほどにやっていれば良いんだなって、軽く思い過ぎていて、真面目にやっていない人もたくさんいます。
50年くらいの病歴の人でも元気な方がたくさんおられます。
昔の人がどれだけ努力していたかっていうのは知っておかないと、今、医学がこんなに発達しているのになんで出来ていないの?となってしまうのではないかと思います。

それが、いじめに繋がることもありますよね
実際何人か知っています。合併症が出ると特にそうです。
「なんであなた目が見えないの?」とか言われてしまうみたいです。
本当にその子は可哀そうだったんです。
「そうなったのはあなたが悪いんじゃない。」って言いますね。
やっぱり同じ患者さんの仲間からはいじめられることもありますね。

病気のことを基本的には言わなくても良いと思いますが、ちょっと秘密を明かそうか、という感じで言ったりすると親密になれることもあるので、とっておきの仲良くなるツールに持っておけば良いと思います。
自信があって、オープンにするっていうのは、やっぱり必要ですね
自信がない人も、友達や家族の力を借りてでも自信をつけていくしかないと思います。

南昌江内科クリニック 院長

南 昌江 先生

1型糖尿病発症14歳 病歴36年

福岡大学医学部を卒業後、東京女子医科大学にて3年間勤務し福岡に帰り、九州大学の関連病院に7年間勤務した後に35歳で開業しました。
16歳の時に初めてサマーキャンプに参加して、それから自分の人生ときちんと向き合えるようになりました。またキャンプでの出会いがきっかけで医者になろうと思いました。

社会人として生きていると仕事でいろんなストレスがあるのですけど、それを上手に発散することは大事ですね。社会人としての責任はありますし、それをやりながら、自分の趣味ともどういうふうにバランスをとりながらやっていこうかと考えています。糖尿病があるっていうのはそんなに深く考えなくても良いような時代だと思うんです。
あたりまえの治療をあたりまえにやっていれば、夢を持って自分のやりたい事をやっていけば良いし、その上で色んなバランスをとりながらやっていく事でしょうね。なかなか一言で言うのが難しいですけど。

アーティスト

吉田 敬 さん

1型糖尿病発症12歳 病歴23年

小学6年生の3学期1日目に発症し、3ヶ月間くらい入院していましたので、学校では転校したんじゃないかと思われていました。もともと天邪鬼な性格でしたので、サマーキャンプに一日も参加したことがありません。オープンにすることがその当時はなかなかできなかったです。4年前くらいに、ゴールドコンサートという障害者のコンサートに出るまでは、オープンにはせず、やってきました。なるべく病気であって病気じゃないような、でも病気じゃないけど病気だっていうような、そういったあいまいなところをうまく色んな人に、伝えながら病気と付き合ってきたという感じです。今は熊本で音楽のクリエイターをしております。

私は社会人の最初の7年間、会社員でした。営業やマーケティングの業務をしていたんですけれども、不規則な仕事で、毎晩夜遅くまで働いていました。その後、子供が生まれてくる前日に会社を辞めました。「無職・子持ち」っていう状態になってしまったのですが、仕事のストレスはなくなって、楽になりました。以前みたいに数字に追いかけられる事も無いですし、曲を作ったりピアノを弾いたり、技術的には色々と大変な面はあるのですけど、病気も前より凄くオープンにして良いように感じています。自分の生活に自分の病気を合わせられています。食生活も、インスリン注射を打つタイミングも、自分で色々と出来るようになったので、自分の好きな事ができます。うまく生活していくには、無理をしないって事ですね。我慢をしない、細かいことは気にしない、という考えた方が一番良い気がします。あとは、先ほども言ったように、身近に人からオープンにする事が快適に過ごすコツだと思います。

慶應義塾大学医学部 腎臓内分泌代謝内科 助教

伊藤 新 先生

1型糖尿病発症9歳 病歴22年

私は小学校4年生の夏休み前に発症しました。最初は学校の検尿に引っかかって、検査するうちに、1型だと診断されました。小学校5年生の時から、サマーキャンプに参加しまして毎年楽しくみんなと過ごして参りました。
主治医の先生が小児科の先生で、毎月受診しているうちに、医者になりたいと思うようになり、医者という職業を選びました。今医者になって8年経つのですけれども、最近ようやく、自分の病気の経験を生かしていろんなアドバイスや、診療をしたり出来るようになりました。私は自分の病気に関してはそんなに深く考え込まない方なので毎日楽しく、食べたり飲んだりしております。

私も好きな事を好きなだけやるというのが非常に良い事だと思っておりまして、私はそのとおりやってきましたし、お酒を飲んで失敗した事もありますし、概ね楽しく過ごしています。ただ、しばらく血糖値を測れないような状況になりそうな時、どのような対応をしようかと予めシュミレーションするような準備がこの病気には必要かなと思っています。その準備さえできれば、やりたい事を全力で楽しめるのは普通の人と全く同じで変わりないと思います。

東徳島大学 糖尿病臨床・研究開発センター 助教

黒田 暁生 先生

1型糖尿病発症12歳 病歴31年

東京医科歯科大学医学部を卒業後、大阪大学と関連病院に勤務し、2004年から2007年までアメリカに留学しました。アメリカでインスリンポンプを導入しました。留学以降は国内外で活動しています。最近では、サンディエゴの、ご自身が1型糖尿病の医師である、スティーブン・イーデルマンと交友を深め、イーデルマンにリアルタイムに血糖値が見られる「リアルタイムCGM」をすすめられて使用しています。リアルタイムCGMを使用してから、HbA1cが6.7%から5.7%になりました。毎日色々なものを楽しみながら、生きています。

毎日を快適におくる為のコツは、低血糖を起こさない事ですね。低血糖を起こして人前で意識を失う、というのをなくす事だけを考えていると、低いのが無くなったら高くなりますので。次に高い状態を無くす為には、インスリンを投与する時間を工夫する事で対応すればよいと思います。糖質制限なんかしなくても大丈夫です。

国立病院機構米子医療センター 糖尿病診療部長

木村 真理 先生

1型糖尿病発症8歳 病歴42年

横浜市立大学医学部卒業後、今年の3月まで横浜市立大学で勤務、現在米子医療センターにて、移植の研究をしています。
私が発症したのは、小学校2年生の冬です。その時にまだ、全国的な学校検尿は行われておりませんでしたが、私の住む東京都だけが先行して学校検尿を行って、その第一回目でひっかかりました。その時はまだ尿糖プラス程度でしたが、半年もしないうちに1型糖尿病を発症しました。今私は49歳になりますので、病歴はそろそろ42年目に入ります。私は不良患者で、多くの合併症を経験しました。結局最終的には4年前に腎移植を、2年前には膵移植をやっております。膵移植をやってからはインスリンフリーになっていますが、今拒絶で結構大変です。今度インスリンが必要になったら、ポンプにしようと思っています。
私が発症したのが40年以上も前で、その頃はまだ採血で使うような注射器でインスリン注射をしていたし、ガラスの注射器でしたので、煮沸消毒をしていました。針も煮沸消毒して何度も使い回すという状況でした。そういうことを考えると、ここ10年くらいの医療の進歩というのには本当目を見張るものがあります。糖尿病については、私もあまり物を深く考えこむ性格ではないので、そのまま受け入れてきたし、こんなものかと思い、悩むこともとくになかったです。1型糖尿病である事を、周りに無理して言うこともなく、担当の先生にだけ話しました。医者になってからは当然同僚には言わなくてはいけないので、入局の時に医局の人に言いました。私もどっちかというと、あまり人には言わないで生活をおくってきました。

本当に皆さんのおっしゃっているとおりで、好きな事を好きなだけやるっていうのがポイントだと思います。合併症や何かが起こったとしても、最悪な状況になることは、今は避けられます。実際、こんな私もこうやって元気にやっていますし、私の人生で本当に良かったのは好きな事を好きなだけやりきってきた、という事を今言えるという事です。人生50年位ですけど、好きな事を好きなだけやらせてもらって本当にそれは幸せだと思っています。だからこそ糖尿病であることをマイナスに考えないで生きてこられたと思います。糖尿病だったからできなかったという事は無かったですね。
細かい事を気にするなと言われても、発症したばっかりの中高生位の子達には、自分が人生でちゃんとやっていけるのかとか、卒業できるのかとか就職できるのかとか、結婚できるのかとか子供ができるのかという不安がたくさんあると思うんです。ただ、今は先輩が沢山いますし、自分がやりたい事をやって、何か壁にぶつかった時はサポートを受けられるような形にするのが一番良いのではないでしょうか。親や周りの人、主治医の先生でも構わないと思うのですけど、困っている事などを、周りに発信してほしい。近くの人に言いづらければ、今はネットもありますから、調べれば、ある程度の事は答えてもらえるし、最大限いろんなものを利用するというのが快適に過ごしていくコツじゃないでしょうか。飲み会に行くのも良いし、会食だって良いと思うし、好きな事をやれば良いんじゃないですか。

新潟大学大学院 自然科学研究科

岡田 果純 さん

1型糖尿病発症9歳 病歴14年

現在、新潟大学大学院修士課程1年に所属しています。
小学校3年生の6月に発症し、1ヶ月間入院して、その時の主治医の先生から、1型糖尿病とはいっても、なんでもできるんだよと教えてもらって、退院して1ヶ月もしないうちに、サマーキャンプに何もわからず参加しました。その時にたくさん友達ができて、病気の事だけではなく、色々な事をオープンに話せる仲になりました。いまはいろんな人に病気のことを話しています。
今年の3月に、チリで開催された、1週間自給自足しながら250km走る砂漠マラソンに参加し、完走しました。

快適に生活を送る為のコツって深く考えていないですけど、好きな事を好きなだけやるっていう事だと思います。普段の生活に注射や血糖測定が加わっているだけと思っています。私はもうとにかく新しい事に挑戦するのが好きで、自己紹介の時に話したマラソンも、もともと運動が好きで、発症する前からずっと続けてきた事ですし、細かい工夫とかはしていないです。何か困った時は同じ病気の友達が沢山いるので、登山している人に登山する時はどういうふうに工夫しているのかを聞いて、教えて貰ったりとかしています。後は、私は凄くアバウトな性格なので、血糖値高くなったら、注射しよう、低くなったらちょっと食べよう、と軽く補正すればよい、という感覚でやっています。

座談会:1型糖尿病と向き合う
(全3回シリーズ)

患者さんの声

「自分のことをちゃんと人に伝えていこう」

日本IDDMネットワーク専務理事
大村 詠一 さん

糖尿病と共に普通の生活を送る
ためには、知識を身に付ける
ことが大切です。

カルフォルニア大学サンディエゴ校 内分泌・糖尿病・代謝学部 教授
スティーブン V.イーデルマン 先生

「糖尿病を人に知って
もらうことはすごく大切」

音楽クリエーター
吉田 敬 さん

1型ひろばコンテンツ

最終更新日:2020年12月Zinc Code:MAT-JP-2008425-1.0-12/2020

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