専門医の声

インスリン治療をためらう患者さんへ

インスリン治療の開始が遅れた分だけ合併症が進行する

食事や運動に加えて、のみ薬だけでの治療で血糖管理がうまくいかずに、“血糖値が高い状態”が長く続くと、網膜症、腎症、神経障害などの合併症が引き起こされます。自覚症状なしに合併症をすでに発症している場合は更に進行してしまいます。のみ薬を複数服用しても血糖管理ができない方は、インスリン治療が必要かもしれません。
インスリンはすい臓でつくられるホルモンの1つです。インスリンの分泌が減少したり、インスリンの働きが悪くなったとき、インスリンを注射して外から補う治療法を「インスリン治療」といいます。人間が本来持っているインスリンを補うため、最も“自然な治療法”であり、かつ最も確実に血糖値を下げる治療法といえます。しかし、インスリン治療は注射であることから、痛みや面倒さ、不安感などから、できるだけ先延ばしにしたいと考える患者さんがほとんどです。また、患者さんが自己注射を嫌がることを知っている医師もインスリン治療を勧めることをためらってしまいます。その結果、インスリン治療の開始が遅れてしまうのです。“血糖値が高い状態”のまま長く放置され、インスリン治療の開始が遅れた分だけ、合併症は進行してしまっているという現実から眼をそらしてはいけません。

インスリン治療で疲れたすい臓を一時的に休ませる

インスリン治療について様々な誤解をしているために、インスリン治療をためらわれている方も多くいらっしゃいます。例えば、インスリン治療は糖尿病がかなり進行したときに行う「最終手段」と考えていませんか?それは大きな誤解です。のみ薬でまあまあ血糖値を管理できていても、インスリン治療を早めに開始した方がよい患者さんもいます。
それから、インスリンを外から注射することですい臓の働きが弱まるのではとの誤解もあります。確かに副腎皮質ホルモンのお薬(ステロイド)などは、長い間服用すると、副腎皮質が萎縮して、副腎皮質ホルモンの分泌が低下する場合があります。一方、インスリンは、外から注射しても、すい臓のβ細胞(インスリンを合成・分泌する細胞)が萎縮することはありません。

高血糖の状態が続くと、すい臓はインスリンをどんどん出そうと働き続けたあげく、インスリンの分泌は徐々に少なくなり、血糖値の管理が更に難しくなります。その前にインスリンを外から補うことで、インスリンを分泌する細胞は休むことができ、次第に機能が回復します。早めにインスリン治療を行うと、すい臓の機能は回復しやすいのです。すい臓の力が十分回復したら、インスリン治療を止めることができる可能性もあります。インスリンを出す力が残っている方では、インスリン治療は一生続けなければならない治療とは限りません。
食事・運動療法や、いろいろなのみ薬を服用しているにもかかわらず糖尿病の治療がうまくいかなった、と自分を責めずに、早めにインスリン治療を行い合併症が起こらないようにしよう、というポジティブな発想で治療に向かうことが大切です。

SU薬を高用量服用しても血糖管理がうまくいかない方は早めにインスリン治療を

インスリン治療を医師から勧められても、すぐに受け入れて治療を開始できる方は多くはありません。インスリン治療に対する意識調査と実態調査(DAWN JAPAN)の結果、医師からインスリン治療を勧められてから開始するまでに平均7.3ヵ月かかっています。ですから、私は実際にインスリン治療が不可欠になって、はじめて患者さんに勧めるのではなく、そろそろインスリン治療が必要だと思われる患者さんには心の準備ができるよう、早めにインスリン治療が必要である旨を伝えています。SU(スルホニルウレア)薬を高用量服用し、その他にも糖尿病ののみ薬をいくつか服用しても血糖管理がうまくいかない場合、インスリン治療をできるだけ早めに行う必要がある可能性が高いと思います。インスリンの必要性を自覚した患者さんのなかには、運動・食事療法を一生懸命頑張って、血糖管理状態がよくなる人もいます。
実際にインスリン治療を開始した患者さんの約半数は「より早くインスリン治療を始めればよかった」と考えています(DAWN JAPANより)。インスリン注射は想像していたよりも簡単で、痛みが少なく、治療開始後、だるさや多尿・頻尿が少なくなったと実感する方が多いようです。血糖値が高い状態が続くと発生しやすい頻尿のために、夜間にトイレに何度も起きなくてすむので、睡眠障害も解消されます。

それぞれのライフスタイルに合わせたインスリン治療を選択する

糖尿病がない人の生理的なインスリン分泌パターンに近づける、最も理想的なインスリン治療がBasal-Bolus療法です。持効型溶解インスリン製剤を1日1回、超速効型インスリン製剤を毎食直前(1日3回)、合計1日4回注射します。しかし、いきなり1日4回の注射することは大変です。周囲の目があり特に昼食時に注射するのは難しいと訴える方も少なくありません。最近では、のみ薬と併用して、持効型溶解インスリン製剤を1日1回だけ注射するBOT(Basal supported Oral Therapy)も普及しています。インスリン治療を始める方には簡便で、最も受け入れやすい方法です。他のインスリン治療に比べて、体重増加や低血糖が起こりにくいというメリットもあります。患者さんご自身のライフスタイルに合わせて、このようなインスリン療法を選択することができます。
確実に血糖値が管理でき、合併症の進行も予防できるインスリン治療。必要かもしれないと思われた患者さんは一度医師に相談してみましょう。

小田原雅人(おだわら まさと)先生

小田原雅人(おだわら まさと)先生

小田原雅人(おだわら まさと)先生
山王病院 糖尿病内分泌代内科部長
国際医療福祉大学 臨床医学研究センター教授

1980(昭和55)年 東京大学医学部医学科卒業、1990(平成2)年 東京大学付属病院助手、1992(平成4)年 筑波大学臨床医学系内科(内分泌代謝科)、文部教官講師、1996(平成8)年 英国オックスフォード大学医学部Lecturer(講師)、2000(平成12)年 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 内分泌代謝科部長、2004(平成16)年1月 東京医科大学内科学第三講座 主任教授、2004(平成16)年4月 東京薬科大学 客員教授 併任、2009(平成21)年9月 東京医科大学病院 副病院長、2020年4月 山王病院 糖尿病内分泌代内科部長

日本肥満学会認定指導医・肥満症専門医、日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定内分泌代謝科専門医、日本内科学会認定内科医

医学博士(東京大学)

監修:東京医科大学 内科学第三講座 主任教授 小田原 雅人 先生