糖尿病がわかったのは、もう30年くらい前。相撲協会の健康診断で、血糖値が430mg/dLという数値が出ました。それまで自覚症状はなかったのですが、その健診から2か月くらいたった頃から、のどが渇く、汗をかく、だるい、疲れやすい、傷が治りにくい、傷が化膿して熱が出る、などという症状があらわれるようになりました。最初に入院治療を受けたときの食事の量は、1日に1,400kcalくらい。それまでは、1食で5,000kcalくらいとっていましたから、びっくりするほど少ない量でした。134kgあった体重が、みるみるうちに100kgくらいまで減少。力士ですから、体重の減少は死活問題です。治療のために体重を落とせば力が出ないし、治療しなければ、疲労感がひどくてやはり本来の力を出せない。職業と治療を両立させるということが、大きな課題でした。
糖尿病は、力士にとっては弱点ですから、隠さなければいけません。お酒を控えるようになったせいで、「つきあいが悪い」と言われたこともありました。また、天ぷらやフライの衣をはがして食べたり、調味料は小皿にとって塩分を控えるようにしたり、ごはんの前にどんぶりでわかめを食べたり、野菜ばかり食べていたり・・・。今でこそまわりの人の理解も得られるでしょうが、当時の角界は、とにかくよく食べよく飲むことが誉れとされる世界でしたから、奇人変人扱いを受けました。部屋の中で村八分にされることもありましたし、つらい思いをしたことは数えきれません。
番付の位置も、上がってはまた落ちてのくり返し。「エレベーター力士」なんて呼ばれていました。同じ相撲部屋の後輩に抜かれそうになったことや、地元青森の後援会が解散してしまったこともありました。まわしが買えなくて、ジーンズの布をあてて修理するような貧乏関取でした。
それでも、親方やおかみさん、家族、主治医の先生、その他たくさんの人が、支え応援してきてくれたからこそ、あきらめずに努力し続けられました。横綱に昇進したときは、「おしん横綱誕生」なんて言われました。今でも、「おしん」の番組を見ると、涙が出るような思いになりますね。
漢方薬、健康食品、鍼治療や整体などあらゆるものを試しましたし、糖尿病についても一所懸命勉強して、食品交換表もマスターしました。糖尿病になったことで、体のことや栄養のことに人一倍気を遣うようになりましたね。たとえば、練習中に水を飲んではいけないというのが常識だった時代に稽古場で水分補給しはじめたり、だれもやっていなかったウエイトトレーニングを始めたり、プロテインを利用したり、アメリカまで行って、トレーニング施設を見学してきたり、病気の治療というだけでなく、力士として強くなるためにも役立っていたと思います。
つらいこともたくさんありましたが、そうやって積み上げてきた知識や経験が、今、弟子の指導にもつながっています。今はいろんなところから情報が入ってきますから、弟子達もそれぞれ自分なりに考えてやっていますね。ただ、「スポーツ選手はプロテインをたくさんとって、炭水化物はとらなくていい」など、偏った考えになってしまうことも多いようで、主体性・自主性を身につけて、いいものを正しく取り入れてほしいと思います。
今は、飲み薬とインスリン注射で血糖値をコントロールしています。一日に6回くらい血糖値を測っています。講演に呼ばれたときなどは、直前に測って、講演が終わったらすぐまた測ったりしてね。現役の頃に比べれば1/5くらいの運動量ですが、弟子の稽古を見るときなどに、意識して体を動かすようにしています。
「糖尿病の方へ」
糖尿病を抱える人に、「何を飲んだら治りますか」と聞かれることがあります。そういう人に限って、肉とか内臓とかコレステロールの高そうなものを食べて、お酒を飲んで、たばこをふかして、体を動かすこともせずに、特効薬はないかと探しているんですよね。
自分が、どんなものに価値を見いだすのかを考えていくことが大切だと思います。味覚を満たしたり満腹感を得たりすることはあきらめ、力士として大成すること、そして表面的なことにとらわれず、努力を認めて応援してくれる人たちに喜びを与えることが何より大切でした。
「男」を売る角界で、食事療法を貫くことはとてもつらいことでしたが、そこで迎合してしまったらおしまい。向かい風でもあきらめず、自分に命令する力、自分を叱る力を失わずにいれば、自分にとってほんとうに価値があるものを手に入れることができると思います。
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