専門医の声

糖尿病早期からのインスリン治療がもたらすもの

「こんなに簡単だったらもっと早くからインスリン治療を始めた方がよかった」という声が多数

のみ薬をいくつか併用してもHbA1c(NGSP値)が8.4%以上の状態が続くと、合併症の発症を考慮し、インスリン治療をお勧めしています。身内に2型糖尿病のある人がおり、透析をしていたり、脚を切断したことを目の当たりにしている方ではすんなりインスリン治療を受け入れてくださいます。しかし、ほとんどの患者さんは、インスリン治療は注射が痛いし面倒である、糖尿病末期の患者さんに対する治療であると考え、抵抗してしまいます。症状がないままに進行し、突然合併症を引き起こすことを予防するためにも、適切な時期にインスリン治療を始めることが肝心です。

インスリン治療は、糖尿病がない人の生理的なインスリン分泌パターンを再現する、基礎・追加インスリン療法(Basal-Bolus療法)が理想的といわれています。しかし、1日に4、5回注射が必要で、場合によっては入院をしてインスリン治療を始めなければならないため、お仕事のある方には開始するときには、お勧めしにくい場合があります。そこで、当院では、入院が難しい、お忙しい患者さんでも外来で始められる「BOT(Basal Supported Oral Therapy)」でのインスリン治療をお勧めしています。BOTは、のみ薬はそのままに、1日1回だけ持効型インスリン製剤を注射する方法です。インスリン注射は、予防接種で用いられているような注射器ではなく、ペン型のものを用います。注射針は非常に細く、痛みができるだけ少ないよう工夫されています。外来で患者さんにどの程度の痛みか、試しに1回注射して体験していただきますが、痛くて二度とインスリン注射をしたくないという方はほとんどおりません。注射の仕方も簡単です。多くの患者さんは「こんなに簡単なら、躊躇せず、すぐに始めればよかった」とおっしゃっています。

1日1回のインスリン注射でも食後血糖値が改善する患者さんもいる

いろいろなのみ薬を使っても一向に血糖管理が不十分である、早い段階から経口血糖降下薬を服用している2型糖尿病のある人では、BOTだけでは血糖管理を良好にするのはなかなか難しいと思います。しかし、糖尿病であることに気がつかずに、健康診断で糖尿病がみつかった罹病歴が短い患者さんでは、HbA1cが9~10%と、高血糖状態であっても、BOTでHbA1cを6%前後まで改善することができています。BOTで空腹時血糖値はもちろん、食後血糖値も改善する患者さんもいます。これは全体的に血糖値が下がるからだと思われます。ですから、まずBOTで空腹時血糖値100mg/dL前後を目標に持効型インスリン製剤の用量を設定します。その後に、持効型インスリン製剤、つまり基礎インスリンの補充だけでは食後血糖値が下がらない、食後のインスリンの出方が悪い患者さんには超速効型インスリン製剤を追加して、食後高血糖を是正する方法をとっています。
BOTは、低血糖が起こりにくいというメリットもあります。1日に4、5回注射する基礎・追加インスリン療法では、低血糖の発現が懸念されます。携帯電話やE-mailと、患者さんとのコミュニケーションツールが充実している現在ですが、BOTを行っている患者さんから低血糖が発現したという連絡はほとんどありません。また、BOTによるインスリン治療を開始してまもなくは、患者さんとのコミュニケーションを十分確保することにより、導入10日後での来院でも問題ないと考えます。

体脂肪計つき体重計、万歩計、血圧計で、自分自身を把握する

当院における50代のサラリーマン方の事例ですが、30代で糖尿病になった患者さんに当院でインスリン治療を開始しました。HbA1c(NGSP値)が9.4%から6.4%に低下し、糖尿病の達成目標はクリアし、6%前後で5、6年安定した血糖管理が得られていました。高血圧もあり降圧薬も服用していましたが、突然、心筋梗塞を発症したのです。そこで過去の健康診断のデータをみせていただくと、糖尿病の早期にHbA1c(NGSP値)が8.4%前後を示していたのです。糖尿病の初期から積極的な治療を10年間行うと、その後も心血管疾患の発症が少なくなる「レガシーエフェクト(遺産効果)」があることが報告されています。しかし、この患者さんのように、糖尿病早期に血糖管理の悪い状態が続いており、その後に適切に治療しても心血管疾患が起こってしまうことがあります。そうならないためにも、早くからインスリン治療で良好な血糖管理を目指すことが重要です。
まずは、体脂肪計つき体重計、万歩計、血圧計で、自分の体重、血圧、運動量をしっかり把握し、評価してみましょう。自分の数値に向き合って、必要であれば血糖自己測定(SMBG)で血糖値も把握し、糖尿病治療に前向きに取り組んでいきましょう。

松葉 育郎 (まつば いくろう)先生

松葉 育郎 (まつば いくろう)先生

松葉 育郎 (まつば いくろう)先生
松葉医院 院長

1978(昭和53)年、東京慈恵会医科大学卒業後、同大学院を経てハゲトロン研究所(デンマーク)研究員、同講師、国立東宇都宮病院内科部長、総合川崎臨港病院内科部長を経て、1991(平成3)年に松葉医院を川崎市にて開業。1994(平成6)年4月に地域の医療スタッフの為に、川崎糖尿病懇話会を設立。

日本糖尿病学会専門医、日本内科学会認定医

※2012年4月1日からHbA1cが変わりました。
国際的に使用されている、新しいHbA1c(NGSP値)が使われることになりました。
これまでのHbA1c(JDS値)と比べて、およそ0.4%高くなります。

監修:東京医科大学 内科学第三講座 主任教授 小田原 雅人 先生